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あづのいた場所

音浴ホール。




ボランティア活動で、どうしても思い入れが強くなる場所がある。長期間通い続けた浜や仮設住宅など。ここは、2011年の夏、たくさんのボランティアが関わった場所であり、あづというボランティアが、毎日のように通って、泥出しをしてきた場所。


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持ち主の方も、一緒に泥出しをて、いつかここで『ライブをする!』と言ってた場所で、現場監督的立場の職権を大いに乱用しようとしてた、あづも『最初に歌うのはワタシだかんね!』と言ってたし、オレンジ色に包まれたオッサンも『ここでお笑いをやる!』と言っていた。


ここから見える風景は、あの頃と随分変わっていた。




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この南浜・門脇の地域は、ほぼすべての建物が取り壊されている。何件か残ってるのは、取り壊すのに、持ち主の了解が取れてないことが多く、その持ち主の人とは連絡がとれていない(行方不明)場合が多いのです。



災害復興計画の街づくりために、この建物も取り壊される事になるそうです。ただ、あの頃、泥出しの活動を行なってきた事が、すべて無意味になったとは思わない。あの頃、少しづつキレイになっていく建物を見て、持ち主の方も夢を語れていたし、なにより笑顔で作業をしていた。前に進んでいられたのだと思うのです。



街を回ると、あの頃、泥出しの活動をした建物が、いくつも取り壊されていたりする。あの泥出しは、何だったんだろうと思うボランティの人もいるだろうと思う。リーダーリーダーという立場だったあの頃『泥出しはサプライズです。』と伝えてた。作業をしてる時に、家の方は避難所にいたり、親戚の人の家にいたり、また仕事に出てたりしてた。


戻ってきた時に、その人たちが想像してた以上に、キレイにしましょうと。驚きは、きっと前を向く勇気にプラスされると信じていたのです。



あづが毎日、ここに通っていたこと、あづだけでなく、この音浴ホールに関わってくれたコトは、たくさんの勇気を生んできたのだと思うのです。




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11 : 54 : 19 | 福島カツシゲ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

明日ぁラジオです!

仙台のみなさん、そして石巻のみなさん是非!!



希望のラジオ「がんばろう宮城」


5/21(火)16:00~16:15  パーソナリティーは、横山英子さんです。


先週も放送があったのですが、告知が遅くなってすみません。是非、ラジオを聞いて、ひとりでも多くの人に仙台公演の【イシノマキにいた時間】を見に来て頂ければと思ってます。




19 : 35 : 04 | 福島カツシゲ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

答え合わせ。

逗子での質問。




石巻通心の表紙を見てもらいながら『あの頃の石巻』を振り返りました。創刊準備号の表紙は、上島安裕(やっぴろ)が、軽トラの上で、ゴールデンウィークに来てくれたボランティアのひとたちに注意事項を言ってるシーンでした。この時、事件は起きた・・・

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ここには書ききれない『前フリ』があるんですが、GWの初日に、今までにない大勢のボランティアが来てくれることになって、受け入れる側はバスが到着するまで、前日の作業を終えてから寝ずに準備をしてました。そして、とにかく、最初に『大事なことを3つ』だけは頭に入れてもらおうということになり、受け入れの責任者であるやっぴろが軽トラの上に立って言いました。『ここで守って貰いたい大事なことが3つあります!』そう言って右手で3本の指を出して、しばらく経って



   『忘れました・・・』



歴史的に有名な『やっぴろ忘れましたの乱』です。そんな話をして、質問が出ました。『その大事な3つは何だったんですか?』と。その質問を聞いてハッとしました。このオモシロさだけを伝えてて、大事な3つを聞いておくのを忘れてた!!と。


あの頃、大事なことに『被災した人と同じ気持にはなれないけど、その気持ちを想像しながら行動して下さい』というのを一番に言われてた。それ以外にも、たくさんの細かい注意はあったが『言おうとしてた大事な3つ』を聞いておくのを忘れてた!!と。


で、逗子の公演が終わって、やっぴろに『あの時の大事な3つってなんやったの?』と聞きました。すると、やっぴろは



   今も、忘れ続けてました



ただ、正確に言うと、大事なことはたくさんあって、GW後、いくつも足されていたので『あの時』の大事な3つが何だったかというのを忘れてるということです。で、スグに、あの頃のメモを引っ張りだして答えてくれました。そんなワケで、逗子講演で答えられなかった『3つの大事なこと』です。


①『安全第一・自分自身がケガをしないこと(無理はしない)』

ケガをすることで、自分が作業出来なくなるのは当然ですが、現場の作業全体が止まること、そして病院などに行くことになると、地元の人たちの診察に迷惑がかかるということ。そして、もっと大きなケガになると、ボランティア活動自体が出来なくなるということまで頭に入れて下さい。と。


②『待つことも作業です』

この頃の被災地では、情報や状況がめまぐるしく変わっていました。天気によっても出来る作業出来なくなる作業、やってはいけない作業などが変わってました。①の安全第一を考えながら、リーダーたちの判断で活動していたので、現場で待ってもらうことも出てきます。短期間でボランティアに来てくれた人たちは、とにかく何かをやらなければと思ってるのですが、そこは現場の判断を聞いて下さい。と。


③『被災した人と同じ気持にはなれないけど、その気持ちを想像しながら行動して下さい』

この③つ目が一番大事だったと思います。作業をやっていて、ごくまれに、地元の人たちからキツイ言葉だったり、イヤな言葉を言われることがありました。ただ、それは、家族を失っていたり、家がなくなっていたり、ずっと避難所暮らしでストレスが溜まっていたり・・・自分たちが経験したことのない事が一度に押し寄せてる場所なんだということを頭に入れて活動してください。と。


これが、3つの大事なことでした。質問をしてくれた方が、ここを見てくれてるといいのですが。



追伸:この写真を見ると、メモを持ってます。きっと『忘れました』の後

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   『どこに書いたっけ・・・』


って書いたメモを探してるところでしょう。実は、僕が最初にやっぴろに会ったのは、GW後だったので、ホントに頼りになる男に変身してました。こんな歴史があったなんて想像も出来なかったです。




福島カツシゲ。



報告は・・・つづく。
10 : 23 : 32 | 福島カツシゲ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

18時だよ逗子集合

あの・・・オトコが・・・やってくる。



世界でも珍しい手法で牡蠣の養殖をしてる、世界でも珍しい珍獣


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   イシモリノワグマ(ツキノワグマの一種)


が、逗子にやってきます。その姿は、何度もカメラに収められているので、もはや、そんなに珍しい感はありません。そういう意味では、笑顔のイシモリノワグマが収められた貴重な写真が・・・

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いやいや、石森裕治さん。ホント、貴重な話を聞けると思います。家族のコト、漁師のこと、地域のこと、そしてあの日のこと。同じ海の町、逗子に来てもらえるので、逗子のみなさんに関心を持ってもらい、逗子文化プラザのご近所のみなさんが足を運び、見に来て頂けるのが一番ですが、現在、予約をされてる方が少ないようです。


そうか・・・息子の隼人くんが来たら『イケメン漁師』で、会場は満員だったのか!!

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でも、この隼人くんも、親父・石森裕治さんの背中を見て育ってきたのです。

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今回の、写真で届ける【イシノマキにいた時間】は、あの日何があったかではなく、あの日から今日まで、どう生きてきて、そしてこれから、どう進んでいくかを石森さんと話せたらいいなぁと思っています。このところ、どこに行ってもまずは『おらほのラジオ体操』から始めます。


そして、舞台のように役者からの一方通行な投げかけではなく、最初から、参加してくれるみなさんとのキャッチボールで飛ばしていきます。ただ


   グローブは持ってこなくていいからね




見に来るというより、喋りに来て下さい。

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   この人が、一番喋るかも



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待ってます!!

2月12日(火)[ 逗子文化プラザ ]18時〜20時

【お申込みは、電話、FAX、メールにて受付中】
逗子市教育委員会社会教育課窓口にて受付。
TEL: 046-872-8153 FAX: 046-872-3115
mail: syakaikyouiku@city.zushi.kanagawa.jp

逗子市民の方以外のご参加も、OK!!当日のお申し込みもOKですので是非、ご来場ください。
11 : 18 : 33 | 福島カツシゲ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

文通という新しいカタチの支援。

もちろん自然発生すれば一番いいと思うのですが。




キッカケだと思うのです。僕が石巻に原チャリで向かったのはTwitterに『人さえいれば何とかなる』と呟いた知り合いのコトバがキッカケでした。結果的に原チャリは必要なかったのですが・・・


もうすぐ2年が経つ今、支援のカタチは変わってきています。僕がやってた泥出しや、炊き出しといった、分かりやすいカタチではなく、難しいカタチになってきてると思ってます。もしかしたら支援という枠には当てはまらないコトなのかもと思ってます。

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撮影:鈴木省一『いしのまきのあさ』



1月末に、仮設支援に参加させてもらいました。仮設支援のカタチを変えて、長期間活動してきたカズミちゃんが新しい取り組みを始めました。それが【文通】という取り組みです。かっこ良く書くと【BUNTSUU】あれ・・・逆にカッコワルイ?じゃぁ【Love Letters】ん?完全に違うか?これだと、出会い系文通みたいになるか!



新しいことを始める時、迷います。悩みます。答えは出ません。だから、一緒に参加してくれる人が欲しいのです。『人さえいればなんとかなる』これは、初期の頃の支援に限らないのです。人には、その人数分の発想があります。アイデアがあります。そしてキモチがあります。


僕も仮設支援体験後に提案しました。1年半前に出会ったフォトグラファー齋藤剛志くんの活動にヒントをもらいました。

仮設支援にカメラとプリンターを持って行って、住民のみなさんと写真を撮り、その場でハガキにプリントアウトして、そこからハガキのやりとりが始まればいいなぁ~と。そのプリンター代は【イシノマキにいた時間】で、見てくれたみなさんから預かってる支援金から出そうと思っています。カメラは・・・石巻には、ステキなカメラマンがいるので大丈夫でしょう。ねぇ、ショーイチくん?





いま、2月15日の夜バスで石巻に向かい、16日の22時頃東京に戻ってくるという新しい『活動』のスタートを手伝ってくれる人を募集してます。なんと・・・石巻までの往復の交通費はかかりません。バスが、出ます。

詳しくはコチラ


是非、時間に余裕のある人は、石巻に日帰りで行ってくるという感覚でどうですか?
11 : 21 : 04 | 福島カツシゲ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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