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熊本へ その3

熊本4日目。


章二さんのお宅で一泊させていただき、今日は阿蘇へ行きます。阿蘇大橋は倒壊してしまったので、章二さんが地図を広げ念入りに別ルートでの行き方を教えてくれました。「迷ったら連絡くださいね!」と言ってくれた章二さん。でも、地図を出し、丁寧に丁寧に教えてくれた行き方。大丈夫っす!迷いません!

念のためカーナビにも目的地を入れ出発。章二さんご家族と別れ、八代を後にしました。




順調に車を走らせ、阿蘇への別ルート・ミルクロードへ入り、しばらく進むと

なんか異様な雰囲気。これ・・・・・・



はい、迷った。
ミルクロードというかわいらしい名前には似つかない道を走ってる。どこだここは?カーナビの言うとおりに来たつもりなんだけど・・・・・・
この時、朝のあの言葉が思い出されました。


迷ったら連絡くださいね!さいね!さいね!さいね!・・・


その章二さんの一言を思い出し、すぐ電話。すると章二さんは茶化すこともせず、「いまどのあたりですか?あ、そこを・・・で、まっすぐ進んでいくと・・・」と丁寧に優しく教えてくれました。



章二さんの教えてもらった通りに進むと

絶景!!目の前に雄々しくそびえたつは阿蘇山です。





「一番きれいな時期ですよ」と言っていた通り、新緑の山々が眩しいです。




ミルクロードから57号線に入り、しばらく進み

阿蘇神社に到着。







楼門と拝殿が全壊。安全のために仕切りができていますが、それでも倒壊のすごさが伝わってきます。熊本のアイデンティティだと章二さんはおっしゃっていて、初詣でもよく訪れていたそうです。復旧には10年かかる見込みだそうです。






阿蘇神社を後にし、お昼御飯を食べに行きました。「阿蘇 ランチ」でググって出てきたのが、『あか牛丼』。
熊本では赤牛を飼養されていて、阿蘇地方では放牧で育てているみたいですね。



ということで、名物『あか牛丼』を求めて車を走らせます。

到着したのが【いまきん食堂】。13時ごろ行きましたが、多くの人が集まっています。


20分ほど待って店内へ。

そして出てきた『あか牛丼』!贅沢にも温泉卵が2個も付いて!
大盛りをペロリといただきました。






帰り道もふたたびミルクロード。新緑の山を越えていきます。益城、熊本市方面へはこの道を使うので、少々渋滞が発生していますが、自然を楽しみながら、ゆっくりと進んでいきます。もう迷いません。




続いて向かったのが

西原村。


高台に上り村を見ると、一部の家の屋根にブルーシートがかけられていますが、まだブルーシートもかけることもできない手つかずの状態の家もたくさんありました。






飛行機の時間が迫ってきました。短い時間でしたが、熊本を見て回ることができました。
僕は今回、身動きがとれる環境にあって、周りの人の協力、支えがあったから熊本に来ることができました。もちろん来たくても来れない人はたくさんいます。これから長期的な支援が必要になっていく中で、【イシノマキにいた時間】の飯田人志のセリフにもあるように、『私が応援する“私援”』が広がればいいなと思います。




帰りの飛行機を待っていると、聡美ちゃんがわざわざ空港にお見送りに来てくれました!

余震で不安を抱えながらも、仕事をしながら地元のために力になろうと奮闘する聡美ちゃん。体はちっちゃいけど、大きく頼もしく見えました。
聡美ちゃん、お見送りありがとう!

また必ず会いましょう!




田口智也






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02 : 52 : 30 | 田口智也 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

熊本へ その2

熊本2日目。


この日は益城町社会福祉協議会のボランティアセンターで活動させていただきます。

集合場所には大勢のボランティアが集まり、受付時間前にすでにこの日の募集を終了となってしまいました。






今日の僕の活動は、依頼のあったお宅から、崩れてしまった瓦や塀のブロックを受け取り、仮置き場へ運ぶお手伝い。







瓦やブロック、家具、ふとんなど、各お宅で集められたモノが山ずみにされています。元々、生活の一部だったこれらが積み上げられる光景を見ると、胸が痛みます。



お昼休み、一緒に活動を行ったメンバーに熊本ラーメンについて聞いてみたんです。すると

「私が好きなのは【味千】」
「【天外天】もいいよね」
「昨日【大金豚】行きましたよ」
「【黒龍】行ったことあります?」
「【ヒライ】の山ちゃんラーメンは食べてもらいたいですね」

出るわ出るわ。熊本のラーメン人気もすごいです!


つう事でまずは、帰りしな見つけた

【味千】


食ったその足で

【大金豚】

そして、翌日に備えて早めの就寝。





熊本3日目。


この日はあいにくの雨。なので、活動内容も屋内でのお手伝いのみと、事前にお知らせがありました。

それでも集まったボランティアは70名以上。


今日は、益城病院で運搬や清掃の活動。

大阪の高校から送られてきた物資の箱ひとつひとつに、野球部員からのメッセージが貼られてました。それを見た看護師さんが「是非みんなにも読んでもらいたい」と、病院の入口の空いたスペースにメッセージを掲載することにしました。





外は雨で少し肌寒さも感じましたが、とてもあたたかい気持ちになりました。



16時、この日の活動が終了し、僕はそのまま八代市へ向かいました。

残った2リットルのペットボトルを飲みながら。



途中、とてもきれいな夕日に出会いました。



八代に到着。
【イシノマキにいた時間】八代公演で実行委員長を務めてくれた中村章二さんと、実行委員として協力してくださった桒原良行さん、そして同じく実行委員の青木洋子さんと再会。お仕事やご家庭でお忙しい中、お時間を作ってくれました。

みなさん口をそろえて「まさか熊本で地震が起こるとは思わなかった」と言います。クワさんは、お子さんと一緒に車中泊をされたりもしていました。

章二さんは言います。
「涙が出るんです。悲しい涙じゃなくて、みんなが熊本の事を想って手を差し伸べてくれることの嬉し涙が。」


みなさんの、地元熊本に対する愛情を感じ、必ず復興するという気持ちがバンバン伝わってきた夜でした。




03 : 49 : 23 | 田口智也 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

熊本へ その1

函館公演から帰京した翌日、熊本へ行ってきました。4月14日の発災から一か月。その間に多くのボランティアが熊本へ行き、シゲさんも足を運んでいました。しかも福岡から原付で。



1日目。

飛行機で阿蘇くまもと空港へ。そこからはレンタカーを借りて、まずは益城町行きました。











想像を超える光景が広がっていました。2度の震度7の地震に、数え切れないほどの余震。いつ崩れてもおかしくない状況の中、もちろん倒壊してしまった家で、体を休めることはできず、町の人たちは避難所での生活を余儀なくされています。




続いて向かったのは、グランメッセ熊本。



色々なイベントが行われている産業展示場で、駐車場が2000台以上あるそうです。まわりに大きな建物がなく、車を停められるスペースという点から、自主避難されてこられる方が多いようです。特に、子供やペットがいるご家族などが多く、建物の倒壊などの恐れは軽減されますが、休む際は車中泊です。発災から1カ月、ずっと車中泊なのです。


グランメッセでは、ピースボートが物資の管理などのお手伝いを行っていました。






そして、次に向かったのは熊本城。









熊本のシンボルともいえる熊本城も、甚大な被害を受けました。かろうじて支えている隅石もいつ崩れるかわかりません。




夜、2013年3月に八代市で行われた【イシノマキにいた時間】の実行委員をしてくれた聡美ちゃんと再会。聡美ちゃんも被災されながらも、仕事の合間には、ボランティアセンターへ行き、お手伝いをしているそうです。ごはんを食べながら、もしかしたら辛く思い出したくない発災時のことを、ゆっくり丁寧に話してくれました。そしてボランティアのありかた、これからの事、聡美ちゃんの想いを強く感じた夜でした。




15 : 04 : 03 | 田口智也 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

函館公演その2

さぁ、いよいよ函館公演本番です。


天気は快晴!


舞台上では、シゲさんと石倉さんが



本番前必ず行うシーンの稽古。もはやルーティーン。



楽屋では、僕が

本番前必ず行う地元メシの食事。もはやルーティーン。



それぞれ、本番に向け準備万端。



客席では生徒と先生およそ500人が着席。



そして本番。
初めての高校生の前での公演でしたが、しっかりと真剣に観てもらえました。多感な時期の高校生にどう受け止めてもらえたかは分かりませんが、それは観てくれた人それぞれが感じてくれたことでいいのではないかなと思います。




終演後には、生徒会長の方から観てくれた熱い感想と花束を頂戴いたしました。
公演の機会を与えてくださった学校の先生方には本当に感謝いたします。ありがとうございました。そして、生徒のみなさん、ありがとうございました。



公演が終わると、さっそくお片づけ。楽屋も

元通り!・・・にしてました、先輩二人が。




翌朝。
僕はちょっと早起きして(シゲさんは朝4時半に起きたみたいですが。おじいちゃんか!)市場で朝食。

好きな魚介をトッピングできる海鮮丼。イカ、イクラ、ホッキ貝の3色海鮮丼。


そして金森赤レンガ倉庫を散歩。





マーロン・ブランドになった気分です。


最後に函館山からのくびれ。

函館を全身で味わい、函館公演が終了しました。

ありがとう函館!



田口智也




16 : 18 : 39 | 田口智也 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

函館公演その1

みなさん、こんにちは!田口です。

3月のSMBC公演から早2ヶ月。5月12日に北海道函館市で公演が行われました。今回は函館商業高校の芸術鑑賞会として、生徒さんや先生に観ていただける事になりました。東日本大震災時、小学生や中学生だった生徒さんたちが、5年が経った今、多感な時期にどう感じてもらえるのか、そして普段生徒と一番近くにいる先生たちがどう感じ、どう伝えていってくれるのか。そして、4月には熊本、大分での震災がありました。いろんな思いがこもった公演となりました。




函館入り前。東京で稽古が行われました。全国で公演をさせていただく際、事前に必ず稽古を行います。思い出し稽古ではなく、時間が経ち、それぞれがそれぞれで石巻に関わり、時を過ごしてきての稽古です。少しずつ芝居も変化していきます。

この日、石倉さんのシーンの稽古を終えるとシゲさんが
「芝居変わった?良くなったやん」
すると石倉さんは
「あ、間違えただけです。」

シゲさんが崩れ落ちました。



そんな不安(?)を抱えながら

いざ、函館へ!


今回の会場

函館市芸術ホール。



上からだとこんな感じ。



大きいホールです。



楽屋も広い。



北海道での公演の時は、毎回、富良野演劇工場のスタッフさん4人が協力をしてくださいます。
キャスト、スタッフ合わせて平均年齢50歳の男7人。名付けて「劇団日没」。
昨年9月の小平町、洞爺湖町公演で結成されすぐ解散。12月の当麻町公演で再結成も、またもや再解散。
そして今回、函館に於いて再々結成されました。


ここで劇団員紹介!

何かあったら俺を呼べ!舞台監督、九さん!!



俺の明かりはパワースポット!照明、広瀬さん!!



客の心に響かせる!音響、淳さん!!



北海道は俺の庭だ!制作、太田工場長!!


そんな頼もしいスーパースタッフがあっという間に舞台を作っていきます。




僕も小道具の整理をして、楽屋へ戻ったら

僕の鏡前に部屋が出来てた!



広い楽屋の片隅に、自宅と同じぐらいの部屋が!



こうなってたのが



こうなった。
冷蔵庫やらロッカーやら空気清浄機まで。先輩二人の仕業です。



楽屋in楽屋。大物俳優感満載。



お隣さんは石倉氏、畳のお部屋で単身赴任。





そんな事している間に、スーパースタッフのみなさんが舞台を完成させてくれました。




そして、稽古前に「劇団日没」劇団員全員で食事。




今回の公演を実現してくださった武田理恵先生から函館の人気ハンバーガー「ラッキーピエロ」の差し入れをいただきました!




お腹も心も満たされ、稽古の開始です!




あれ?こんなシーンあったかな?



さぁ、いよいよ明日は本番です!



15 : 34 : 40 | 田口智也 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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